5 板倉聖宣「仮説実験授業」

 板倉聖宣氏の「仮説実験授業」を知らされたのは、20歳の頃、北大教養部の学生として北大理学部教授堀内寿朗先生のご講演を聞いた時だった。先生は、国土社刊「未来の科学教育」を挙げて「是非読むように」と仰った。それは衝撃的な書物であった。それまで、戦後の「相当未熟な民主主義教育」を受けていた私にとって、「仮説を立ててから実験をする」という発想自体がショックであった。それまで、人は白紙のままで先人の研究実験の成果を先ず学び、先例をなぞるように実験をした結果を見てから、もう一度自分で考えるのだと私は思っていた。ところが何と板倉先生は、小学校の3年生でも6年生でも、「先ずそれまでの個人的な経験を元にして、仮説を持て。」というのだ。「未熟な人間が、お粗末な経験と思考力で仮説を立てるよりも、先ず実験をしてみる方がどれ程時間の無駄がないだろう。」と私は思っていた。しかし先生は、「先入観なし、予測もなし、全く白紙の心で実験に臨もうとする従来の日本の学校のやり方は時代遅れだ。」と言っておられたのだ。

 事前に仮説を立てるだけでなく、何人かでその仮説を立てた理由を説明しあって、意見の違う人が自分の考え方に同意してくれるように説得せよとも、板倉先生は言うのだった。説得しあい説明していく内に、自己の考え方が更に磨かれ、またはその間違いに気付くことを彼は期待していた。従来の考え方からすれば、こんな議論そのものが無意味であって、すぐに実験をしてしまえば「ドンピシャリ答えが分かる。理屈など要らない。」というものだ。しかし先生は、「分かる」ということの中身を私の学校常識とは違う意味に解しておられた。「分かる」とは、実感を以て、心の底から「ああそうか!」と納得すること。「そうかも知れない。」ではなく、様々な可能性を事前に論理的に自分の言葉で想定した上で実験。結果として、それら他の答えが全て間違っていると分かった上で、残る一つが正しいと合点すること。

 そもそも仮説なしで実験が不可能であることを、学校は私に教えてこなかった。予断なき学習・予測なしの実験等ありえないことを私は気付かなかった。日本の学校がすでに外国人によって実験検証済みの実験結果を追試しているだけであったことに私は気付かなかった。その実験がその実験目的が世界で初めてであったとしたら、実験結果を予測し実験経過を仮定せずに、実験装置の準備も実験素材の設定も出来やしないではないか。その結果予想も経過の仮定も議論を通してこそ熟していくものではないか。「何となく、直感的にそう思った」ことに、人は後から理屈を付けるのではないか。「理屈を付けるために」仲間に助けられる討論会が有益なことは当然のことではないか。