4 佐伯胖(ゆたか)「アメリカコンピテンス学派」

 50年前の心理学者達の常識は、「刺激・報酬が人の行動欲求を促進する」と教えていた。この常識は膨大な実験結果によって証明されていた。40年前、東京大学教育学部助教授として招聘されようとしていた佐伯胖氏は、「報酬が人の欲求を促進しない場合がある」「報酬の逆効果」理論を紹介し始めていた。

 1960年代、アメリカ大統領ジョンソン氏は、肌の色による人種差別をなくすために「ヘッドスタート」計画を大々的に実施して失敗していた。「アメリカで黒人達が幸せになれないのは、小学校1年生になるまでの養育に白人と違う点があるからだ。だから1年生の時、白黒を問わず同じ状態でスタートを切らせてあげたい。」ジョンソン大統領はその様に願い膨大な予算を計上したが、期待は見事に裏切られてしまう。なぜか?そこから心理学者達が立てた仮説は、「いくら周りが勉強を教えようとしても、学習を支える心情・意欲・態度が出来ていなければ成果にはつながらない。」というものであった。

 佐伯先生は、この「アメリカコンピテンス学派」の研究成果を紹介しつつ「やる気のない子」「影が薄い子」「自分の人生を物語に出来ない子」「無責任な子」「何でも人の責にする子」「間違えるということ」「分かるということ」「自信を持つということ」など、今までの日本の教育心理学が全く説明できなかった学校生徒の課題を、明晰に説明して下さった。全ての彼の論文が「目からウロコが落ちる」内容であった。

 何よりも、子供達の「やる気」が全ての出発点であること。手取り足取りは、人間教育の基本ではないこと。「自己原因性感覚」一杯の子供達、自己感情を明確に持ち、仲間達の感情との共鳴・ズレ・対立を常に前向きに生きられる子供達、世界を信頼し恐れることなく立つ。佐伯先生の教えは、木更津社会館保育園の根本の教育哲学だと言ってよい、と私は思う。